スマートフォン一つで、何千冊もの漫画や本にアクセスできる時代になった。通勤電車の中でも、ベッドの上でも、思い立った瞬間に物語の世界へ入ることができる。
それでも私たちは、ときどき本屋に立ち寄り、紙の本を手に取る。
デジタルが当たり前になった今、なぜ「紙」を選ぶ人がいるのか。そもそもこの選択は、合理性の問題なのだろうか。
「最近さ、週末に読む漫画はほとんどスマホなんだよね。
ベッドでゴロゴロしながら一気読みできるし」
「わかるけど、俺は逆に週末くらいはデジタルから離れたいので紙かな。
ページめくる音とか、表紙の手触りが好きだから」
「でも正直、場所取らないのはデジタル最強じゃない?
引っ越しのたびに漫画箱つくるの大変でさ」
「それは否定できない(笑)
でも、本棚に並んでるの見ると
“あ、この時期これ読んでたな”って思い出すんだよ」
「記録として残る感じか。
デジタルは便利だけど、記憶には残りにくいかもなぁ」
「そうそう。
読む“体験”としては、紙のほうが強い気がする」
この会話に、正解はない。
デジタルは便利で、紙は感覚に残る。
どちらが優れているかではなく、
どちらが“自分の時間に合っているか”なのだと思う。
そして、その「選ばれ方」そのものが、
これからの本を読むことや、漫画文化を形づくっていく。
デジタル媒体が“普通”になった時代
漫画や本を読む方法として、デジタル媒体はすでに特別な存在ではない。
- 収納場所を取らない
- すぐに読める
- 価格が比較的安い
- 試し読みのハードルが低い
こうした利点は、読者にとっても、作家にとっても大きな恩恵だ。新人作家が世に出る入口として、デジタル配信は欠かせない存在になっている。
「読む」という行為だけを考えれば、デジタルは非常に合理的だ。
それでも紙の本を手に取る理由
では、なぜ紙の本は消えないのだろうか。
紙の本には、効率では測れない体験がある。
- 表紙の質感
- ページをめくる感触
- 読み終えたあとに残る厚み
それらは、物語を「情報」ではなく「記憶」として残す装置でもある。
本棚に並んだ背表紙を見て、過去に読んだ感情を思い出す。紙の本は、読む行為そのものを生活の一部に組み込んできた。そして最近発見したのが、本屋で販売している「しおり」だ。本の読みかけの部分に挟む目印のようなものだ。意外と可愛いものから、面白いものまで様々なしおりが出ている。
デジタルと紙の違いは「優劣」ではない
このテーマでよく語られるのが、メリット・デメリットの比較だ。
だが実際には、多くの人がすでに使い分けている。
- 気軽に読むものはデジタル
- 何度も読み返したい作品は紙
そこに明確な基準があるわけではない。選択を分けているのは、合理性よりも感情に近い。
つまりこの問題は、
どちらが正しいか
ではなく、
どちらが好きか
に近い話なのだと思う。
「所有する」という感覚の変化
デジタル時代において、本を「所有する」という感覚は変わりつつある。
データは便利だが、失われやすい。サービスが終われば、読めなくなる可能性もある。一方で紙の本は、物理的にそこに残り続ける。
この違いは、単なる媒体の差ではなく、文化との距離感にもつながっている。
紙の本を買うという行為は、作品を選び、場所を与え、時間を共有することでもある。
結局、選択は「その人らしさ」
デジタルか紙か。
どちらを選ぶかは、その人が
- どう読みたいか
- どう記憶に残したいか
- 作品とどう付き合いたいか
によって決まる。
答えは一つではないし、変わっていってもいい。
大切なのは、どんな形であれ、物語と向き合う時間を持つことだ。
本を手に取るという行為は、今も変わらず、私たち自身の選択の中にある。
Thank you for reading this blog, everyone 🙂




