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ミニマリストと言ってはいるが、結果そういう状態になっただけだった

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このブログでは、たびたび
「ミニマリスト」という言葉を使っています。

ただ、何度も書いている通り、
私にとってのゴールは、ミニマリストになることではありません。

物を持たない暮らしは、
目的ではなく、途中で選んだ手段でした。

この言葉は、あとから当てはめただけ。
結果として、そう見える状態になった。
それだけです。

そこに、強迫観念はありません。
こうでなければいけない、というルールもありません。

人に勧めたいわけでもなければ、
誰かに押しつけたいわけでもない。
まして、やらなければいけないものでもありません。

ただ、生活に疲れていました。

目の回るような毎日から、
少し距離を置きたかった。

逃げるように立ち止まった先にあったのが、
物を減らすという選択でした。

私の場合は、最初から
「持たない暮らしがしたい」と思っていたわけではありません。

減らしてみた。
片付けてみた。
それだけです。

その結果、
本当に大切にしたいものが見えてきました。

同時に、
ゴミの問題にも向き合うようになりました。

買う前に、少し考えるようになり、
持ち続けるべきものと、
早くリサイクルに回したほうがいいものを、
自分で精査するようになりました。

ミニマリストになりたかったのではなく、
暮らしを、少しだけ楽にしたかった。

ただ、それだけだったのだと思います。

そして、物を減らしていく中で、
もうひとつ、はっきりと気づいたことがありました。

物が溢れていると、
想像以上に、そこに労力を取られている、ということです。

探す。
片づける。
管理する。
考える。

小さな負担が、
毎日の中に、ずっと混ざっていました。

ただ、その状態にいると、
自分が疲れていることに、なかなか気づけません。

忙しさと一緒に、
それが「普通」になってしまうからです。

一日を、できるだけシンプルに過ごすようになって、
あとから分かったことでした。

逆に言えば、
物が多かった頃は、
自分の状態そのものが、よく見えていなかったのだと思います。

一方で、
物があることが、
大きな安心感になっていたことにも気づきました。

囲まれている感じ。
備えている感じ。
足りている、という感覚。

これは、心理の話なのかもしれません。

所有していることで安心する感覚。
持っていることで満たされる感覚。

いわゆる、
所有欲や所持欲と呼ばれるものに、
近いのだと思います。

正直なところ、
はっきりとした答えは出ていません。

出す必要も、ないのかもしれません。

ただ、
「こういう生き方もあるんだな」と、
誰かの参考になればいいな、という気持ちはあります。

正解を示したいわけではありません。

選択肢のひとつとして、
そっと置いておけたらいい。

そんな感覚です。

きっと、
毎日を一生懸命に過ごしている人は、
たくさんいます。

みなさん、それぞれの場所で、
それぞれの生活を支えながら、
日々を回しているのだと思います。

この小さな記録が、
ほんの少しだけでも、
誰かの日常のヒントになれば。

それだけで、
このブログを書いた意味は、十分だと思っています。

Thank you for reading Labo Life.


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