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鉄板   - 短編小説 –

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鉄板 / Labo life

注文したお好み焼きが、目の前の鉄板に置かれる。
店主が垂らしたソースが熱を帯び、一気に白く濃い煙を立ち上げた。
その煙の揺らぎが、僕と隣の席の男との間に、透き通った壁のように立ちふさがる。

じゅう、という暴力的なまでの音。
その向こうで、隣の男が文庫本をめくった。
立ちのぼる煙がスクリーンのようになり、物語と僕の視界が重なり始める。

ページが揺れる。
鉄板の上で、鰹節が熱に悶えるように踊る。
そのリズムが、不思議なほどシンクロしていた。

かつて大学の研究室で、反応が進むフラスコの中を眺めていた時も、こんな風に視界が歪むことがあった。
激しく撹拌される液体、変化していく色。
あの頃、僕たちは目に見える数値だけが「正解」だと信じていた。

けれど今、この揺らぐ煙の向こう側にある「正解」は、もっとあやふやで、それでいて確かな体温を持っている。

煙のカーテンが、ふと薄くなった。
隣の男が、お好み焼きの端をコテで切り分ける。
その仕草は迷いがなく、昨日書店で見た付箋の『また来週』という筆跡と重なった。

男は本を閉じた。
表紙に指を置き、満足げに息を吐く。
その瞬間、僕の鼻腔をソースの焦げる匂いと、微かな古い紙の匂いが同時に突き抜けた。

「……あ」

声が漏れたのは、僕だったのか。それとも煙の向こう側の男だったのか。
鉄板の熱が、僕の頬を叩く。
予熱されていた心臓の鼓動が、一気に速まった。

男は、こちらを見なかった。
コテを置いた手の横に、一瞬だけ、黄色い紙切れが覗いた気がした。
煙が再び揺らぎ、僕たちの間に壁を作る。

僕は自分のコテを握りしめた。
この煙の向こう側にある物語を、僕は知っている。
いや、知ろうとしている。
たとえ言葉を交わさなくても、鉄板の熱を共有するだけで、僕たちは同じ「今」を生きている。

「お待たせ、マヨネーズかけるかい?」

店主の声が、煙の壁を突き破った。
僕は深く、夜勤明けの肺いっぱいに熱い空気を吸い込む。

「……はい、たっぷりお願いします」

黄色いマヨネーズが鉄板の上で線を描く。
それは昨日拾った付箋の色であり、僕が明日へと繋ぐための、新しいリボンのようだった。

(終)


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