花火/Labo life
今年も夏がやってきた。
夏の空気は好きだ。冬の凜とした空気も好きだけど、夏の開放的な季節が気分を高揚させてくれる。
僕には日課があった。散歩をすること。途中のベンチに座って一冊本を読む。
いい時間だっていうのは前置きで、本当は気になる人が、決まった時間に散歩をしているのを待っている。
特に声をかけるわけではない。
本を読んでいます、という自然な顔をして、あくまで自然を装いながら、目の前を通り過ぎるあの人を目で追っている。
自慢じゃないが、僕は人見知りだ。
人と喋る時は、手汗をかいてしまう。
ちょっとしたコンプレックスだ。
と言っても、誰も気にすることもない。
なにしろ、付き合っている人がいないからだ。
最近、外国の文化がいいなと思っている。
お試し期間。
いわゆる、付き合う前のお試しというものがあるらしい。
一夫多妻制は正直どうかなと思うけれど、この文化はいいなと思う。
取り入れるべきじゃないか。
そうは言っても、僕は人見知りだ。そこまでいけるかも怪しいじゃないか。
こんな妄想をしながら、毎回この時間を過ごしている。
なんだかんだ言っても、ライフスタイルになっている。
趣味は散歩と読書。
ちょっとオタクっぽい?
……そんなことないか。
僕の頭の中は、いつもこんな考えとか妄想でいっぱいだ。
夏の風物詩といったら花火だ。
河川敷のベンチは、ある意味、特等席。
地元では、ちょっとしたカップルの休憩所。
なんだかいいじゃないか。
普段は、僕が独占している。
貸切だ。
……そんなことを言っていて、少し虚しい気持ちになる。
「隣、空いてますよー」
大きな声で叫びたい。
でも座る時は、少し端っこに座る。
ちなみに、隣に人が座ったことはない。
今日も、あの人が通り過ぎる。
ふと顔を上げると、目が合った。
ニコッと、微笑みかけられる。
僕はびっくりして、目を見開いた。
すごい顔をしていたかもしれない。
急いで取り繕うように、笑顔を返す。
今年一番の笑顔だ。
全細胞に号令をかけた。
一番大事な口角に指令が届かず、
とんでもない笑顔が作られた。
ピカソもびっくりだ。
ただ、今日は一歩前進。
花火の日が、週末に近づいてきた。
僕は、あの人を誘う妄想しかできないでいた。
コンビニで、線香花火を買った。
なぜかデートでするイメージが強い花火だからだ。
特に、誰とする予定もないけれど、
準備だけは人一倍いい。
花火当日。
誘える勇気もなく、会場の近くまで行ってみる。
なんだか悲しくなって、
「たまやー」と小さくつぶやいて、帰ることにした。
僕にとっては、イベントも、
いつもと変わらない一日だ。
いつものベンチにいると、
隣に、あの人が座った。
「いつも、ここで本を読んでいるんですね」
他愛もない会話だが、
僕にとっては事件だった。
「はい、そうです」
声が裏返らなかっただけでも、奇跡だと思う。
少しだけ、沈黙が流れる。
気まずい、というより、川の音のほうが大きかった。
「あ、昨日……花火でしたよね」
その一言で、
コンビニの袋の感触が、指先によみがえった。
「……線香花火、ならあります」
自分でも驚くほど、
言葉はあっさり外に出てきた。
あの人は、一瞬だけ目を丸くして、
それから、小さく笑った。
「じゃあ、少しだけ」
翌日の昼前のことだった。
約束なんて、大げさなものじゃない。
たまたま、同じ時間に、同じベンチにいただけだ。
河川敷の端で、
二本の線香花火に火をつける。
昼の光の中で、
火はすぐに頼りなく揺れた。
ぱち、ぱち、と。
音だけが、やけに大きく聞こえる。
昨日の夜なら、
きっと、もっときれいに見えたと思う。
でも、
僕は、その小さな火から、
目を離せなかった。
大きな花火は、もう終わったけれど、
僕の夏は、まだ始まったばかりだ。
今年の夏は、
いつもと、少しだけ違う。
終




