「プラスチック=悪」という議論は、これからも消えることはないだろう。
だが私は、必ず議論されるのはマイクロプラスチックの影響だと思っている。
そしてその議論が本格化する頃には、もう手遅れなのではないか──そんな不安を拭えない。
なぜなら、すでに現段階で人体からマイクロプラスチックが検出されているからだ。
目次
人体から検出されたマイクロプラスチック
これは仮説ではなく、すでに論文として報告されている事実である。
血液中からの検出(2022年)
オランダの研究チームが、健康な成人の血液中からマイクロプラスチックを検出。
- 掲載誌:Environment International
- 検出率:被験者の約80%
- 検出物質:PET、ポリスチレンなど
🔗 論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0160412022001258
胎盤からの検出(2020年)
イタリアの研究では、人の胎盤からマイクロプラスチックが確認された。
- 掲載誌:Environment International
- 母体だけでなく、胎児への影響の可能性が示唆
🔗 論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0160412020322297
この他にも、人の肺からマイクロプラスチックの検出がされている。
これらは「将来の話」ではない。
すでに私たちの体内で起きている現実だ。
プラスチックは劣化しても、消えない
プラスチックは必ず劣化する。
紫外線、摩耗、熱──その結果、目に見えないほど小さくなる。
だが、小さくなっても消えるわけではない。
「見えなくなった=なくなった」
これは、人間が最も陥りやすい錯覚だと思う。
それでもプラスチックが必要な理由
皮肉なことに、プラスチックは社会インフラに欠かせない。
- 水道管
- 医療機器
- 電線の被覆
- 食品保存
軽く、腐食せず、加工しやすく、安価。
これほど都合のいい素材は、今のところ存在しない。
代替素材はある。
だが、コスト・耐久性・供給量を考えると、現実的に維持できないものがほとんどだ。
感情論だけでは、何も変わらない
環境活動家が声を上げること自体は重要だと思う。
しかし、議論の中で代替案が示されないまま感情論だけが先行する場面も多い。
「使うな」
「悪だ」
では、どうやって社会を維持するのか?
その問いに答えない限り、議論は前に進まない。
海の中では、もう次の段階に進んでいる
かつてよく見た映像がある。
海亀がビニール袋をクラゲと間違えて食べてしまう映像。
だが、問題はもうその段階ではない。
- 魚の体内
- 貝類
- プランクトン
すでに食物連鎖の中に組み込まれてしまっている。
人間が作ったものが、自然に入り込み、
「共生」とは程遠い環境を作ってしまった。
人間は、勝手をしすぎたのか
私はこの問いは、決して的外れではないと思っている。
世間は、
何かが起きるまで騒がない。
そして、騒ぎ出したときには
もう取り返しがつかないことが多い。
私たちにできることは何か?
- 分別をする
- 不要なプラスチックを使わない
もちろん大切だ。
だが、それだけで足りるのだろうか?
水が不足すれば買い占めが起き、
食料が不安定になれば争いが起きる。
そんな未来は、決してSFではない。
しかし、劣化しきる前に日本ではリサイクルが取り組まれているので、適切に処理をすることです。
勿体無いという気持ちはあるが、バケツなど永久には使えません。
色が変色して、いずれ加水分解が起きてしまいます。
やはり、物のリサイクルまでを考えていかないといけないと考えます。
これはエゴなのか?
「今の便利さを疑うこと」
「豊かさの裏側を見ること」
それはエゴなのだろうか。
私は、むしろ責任だと思っている。
表面上の豊かさに惑わされず、
その日が来るのを1日でも遅らせるために。
そして、
次世代に少しでも豊かな自然を残すために。
私たちは「今」を生きている以上、
その選択から逃げることはできない。
皆さんは、どう考えますか?
正解は、きっと一つではない。
だが、考えることをやめた瞬間に、未来は決まってしまう。
あなたは、この現実をどう受け止めますか?
きれいになったのは、目の前だけの問題です。
Thank you for reading this blog, everyone 🙂




