昨今、FIREやセミFIREに憧れる時代が続いています。時間を確保し、本当にやりたいことに集中するための手段として目指すのであれば、それはとても健全な考え方だと思います。
一方で、
- ただ働きたくない
- 家でゆっくり過ごしたい
- できるだけ何もしたくない
といった理由だけで「動かない生活」に向かってしまうと、見落とされがちな大きな代償があります。それが体を鍛えることをやめる弊害です。
また、病気やケガなどで体が思うように動かなくなってしまった場合も含め、人それぞれ事情やゴールは異なります。ただ、それでもなお「体を使い続けること」の重要性は変わらないと考えています。
目次
体は「使わなければ失われる」
体は非常に合理的にできています。使われない筋肉は維持されません。
- 動かさない筋肉は徐々に衰える
- 筋肉量が減ると基礎代謝も下がる
- 余ったエネルギーは脂肪として蓄えられる
何もしなくても、私たちの体は生きているだけでエネルギーを消費しています。しかし、活動量が落ちると消費の質が変わり、見た目や体調に如実に影響が出てきます。
「太った」「疲れやすくなった」「やる気が出ない」といった変化は、生活習慣の延長線上にある結果とも言えます。
筋肉とホルモンの関係
筋肉があることは、見た目以上に重要な意味を持っています。
筋トレや運動を継続していると、テストステロンと呼ばれるホルモンの分泌が促されます。このホルモンは、
- 活動意欲を高める
- 判断力や集中力を支える
- 気分の安定に寄与する
といった働きがあるとされています。
つまり、筋肉が減るということは、単に体力が落ちるだけでなく、精神面にも影響を及ぼす可能性があるということです。
トレーニングは「最小限」でいい
ここで誤解してほしくないのは、
- 毎日ジムに行く必要はない
- 重たいウエイトを扱う必要もない
という点です。
ミニマルな生活を目指すのであれば、トレーニングもミニマルで構いません。
- 短時間の高負荷トレーニング
- 自重スクワット
- 目的やライフワークに合わせた運動
重要なのは「完璧さ」ではなく、やめないことです。
一生使う体だからこそ、手入れをする
体は消耗品ではありますが、同時に一生付き合っていく唯一の資本でもあります。
- お金は失っても取り戻せる
- 時間は工夫で生み出せる
しかし、体を壊してしまうと、すべての選択肢が一気に狭まります。
だからこそ、
体を鍛えることは贅沢ではなく、生活の土台
だと考えています。
私の体験:体を動かさなくなった代償
私自身、体を動かすことが減った時期があり、その代償として**いわゆる四十肩(40肩)**になりました。
そのときに強く感じたのは、
その人にしか分からない痛みが、確かに存在する
ということでした。
何よりつらかったのは、痛みそのものよりも、日常生活に制限がかかることです。
服を着替える、腕を上げる、物を取る――。
当たり前にできていた動作が、突然できなくなる。
「まさか自分が」という状況になったことを、今でもはっきり覚えています。
人は多くの場合、なってから気づくことがあります。
できれば、そうなる前に。 できるだけ健やかに、健康に過ごしたいと、誰もが願うものだと思います。
ただ、自分の意思で選べる対策のひとつに、トレーニングという手段があります。
続けることが難しい日も、もちろんあります。 それでも、目指すライフスタイルを維持したいのであれば、体を動かす習慣は欠かせないものだと、今は強く感じています。
誰しも、体が衰える時は必ずやってきます。 残念ながら、今のところそれから完全に逃れる方法は存在しません。
しかし、
争うことは可能です。
それが、私にとっては「体を動かし続けること」でした。
ミニマルとは「削ること」ではない
ミニマルな生活とは、ただ減らすこと、何もしないことではありません。
本当に大切なものを残すことです。
その中で、体を動かす習慣は削るべきものではなく、最後まで残すべきものだと感じています。
どんな生き方を選ぶにしても、体だけは裏切らないように、今日も少しだけ動かしておきたいところです。
Thank you for reading Labo Life.



