人の一生とは、意外と長いようで短いものだと感じます。
そして、その感じ方は年齢によって大きく変わるものだと思います。
十代の頃は、二十歳になれば立派な大人で、
それ以上の年齢の人は「おじさん」「おばさん」、
さらに年を重ねると「おじいさん」「おばあさん」。
そんなふうに、どこか線を引いて見ていたように思います。
しかし、実際に二十代を迎え、そこからさらに十年が経ち、三十歳になってみると、
「意外と自分は何も変わっていない」と感じている人も、少なくないのではないでしょうか。
あっという間に過ぎていく人生の中で、
人との関わりやつながりを感じたり、
誰かに愛されているという実感を求めたり、
そして、ときにはどうしようもない苦悩を抱えたりしながら、私たちは生きています。
そんな日々の中で、私が強く感じるようになったことがあります。
それは、
迷惑はかけていい。
だけど、心配はかけないこと。
という考え方です。
日本の漢字というものは、本当に不思議で、そして素晴らしい文化だと思います。
「人」という字は、互いに支え合う姿から成り立っていると言われています。
また、「名は体を表す」ということわざがあるように、
日本の漢字には一つひとつ意味が込められています。
とても素敵な文化だと感じます。
私は、この「人」という字がとても好きです。
人は、生きている以上、必ず誰かに支えられて暮らしています。
自分の行動なんて、誰にも影響を与えていないと思う人もいるかもしれません。
けれど、どこかで、誰かに必ず影響を与えています。
たとえその影響がすぐに表れなくても、
時間が経ってから、ふと形になることもあります。
生きていれば、どうしても迷惑をかけてしまうことはあります。
ここで言う「迷惑」とは、
違反やルール破りを肯定するという意味ではありません。
失敗してしまったり、不器用な行動を取ってしまったり、
そういった中で生まれる迷惑のことです。
みなさん、真っ当に生きましょう。
その上で、私はこう考えています。
迷惑はかけてもいい。
でも、心配はできるだけかけないようにしたい。
これは、人それぞれの生き方による部分も大きいと思います。
ただ、身近な人に「心配」をかけてしまうと、
実は一緒に解決できることが、意外と少ないと感じるのです。
自分の中に抱え込んでいることほど、
簡単には外に出せないものです。
一方で、迷惑というものは、
誰かと一緒に解決できることが多いようにも感じています。
たとえば――
仕事で失敗してしまったとき、正直に伝えれば、周囲と一緒に立て直すことができる。
生活の中で困っていることも、言葉にすれば手を差し伸べてくれる人がいる。
苦手なことを無理に隠さず頼ることで、結果的に良い形に収まることもある。
こうした場面は、決して珍しくありません。
私がミニマルな生活を意識するようになってから、
物だけでなく、人との距離感や、自分の在り方についても見直すようになりました。
必要以上に抱え込まないこと。
必要以上に背負い込まないこと。
そして、誰かの力を借りながら生きることを、
悪いことだと思わなくなったことも、
私にとっては「ミニマルな生活の実験」の一つだと感じています。
物を減らすことよりも先に、
自分の考え方や人との関わり方を整理することの方が、
実はずっと大切なのかもしれません。
長くて、そして短い人生の中で。
人として、迷惑をかけながら生きて、
それでも周りで笑ってくれて、泣いてくれる人を大切にできる。
そんな人生でありたいと、私は心から願っています。
Thank you for reading Labo Life.



