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仕事・家庭・休むこと -うつ病と「バランス」の話-

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うつ病について、世間ではいまだに「風邪のようなもの」「気の持ちよう」と捉えられている場面を見かけることがあります。しかし実際には、そんな単純なものではないと感じています。

仕事で疲弊する人、プライベートで疲弊する人、家庭の事情で追い詰められる人。きっかけは本当にさまざまで、すべてが重なって限界を迎える場合もあれば、たった一つの出来事が引き金になることもあります。

心の状態は、まるで天秤のようなものだと思います。日常の中で、仕事・家庭・休息のバランスがかろうじて保たれていて、どれか一つが傾くだけで、一気に崩れてしまうことがある。うつ病は、そうした微妙なバランスの上に成り立っているように感じます。

仕事を続けること、離れること

多くの人が働いている現状を考えると、服薬や自然療法を取り入れながら仕事を続けている人も少なくありません。その一方で、ある時期に「休職」や「退職」という選択を迫られる人も多いのではないでしょうか。

一見すると軽い症状に思えていた場合でも、休職や退職をきっかけに、かえって症状が強く出てしまうことがあります。環境が変わること自体が、大きな負荷になることもあるからです。
張り詰めていた糸が切れることの負担は想像を絶すると思います。

仕事がすべてつらかった人もいれば、苦しい中でも、その人にとって意味のある時間や、生きがいに近いものが含まれていた人もいるかもしれません。それに気づくのは、仕事を離れてからという場合も少なくないでしょう。

これは誰にでも当てはまる話ではありませんが、そういうケースもある、という一つの例として受け取ってもらえたらと思います。

寝たきりと回復の難しさ

うつ病では、どうしても寝たきりに近い状態になってしまうことがあります。そうなると回復までに時間がかかり、社会復帰に対する不安や心理的な負担も大きくなっていきます。

できることなら、少しでも体を動かせる余力を残しておくのが理想ですが、現実にはそれが難しい場面も多いです。頭では分かっていても、体がまったくついてこない。そのもどかしさは、当事者でなければ分かりにくい部分かもしれません。

筋肉と同じように、心や体も使わなければ衰えていきます。寝たきりの状態が続けば、体力の低下だけでなく、別の不調や疾患につながる可能性も高まってしまいます。

軽症のうちに立ち止まるということ

だからこそ、何事も軽症のうちに気づき、立ち止まれることが何より大切だと感じています。無理を続けた結果、長い時間を失ってしまうことも少なくありません。

うつ病は、怠けでも甘えでもありません。誰にでも起こりうるものであり、環境や状況によって左右されるものです。

「頑張らなくていいよ」という言葉の裏側

うつ病について語られる中で、「頑張らなくていいよ」という言葉をかけられることがあります。この言葉は、相手を思って発せられた優しさである一方で、受け取る側の状態によっては、とても重く響くこともあります。

すでに限界まで頑張ってきた人にとって、「頑張らなくていい」という言葉は、「これ以上どうすればいいのか分からない」「何もできない自分を肯定していいのか分からない」という戸惑いを生むことがあります。休むことすら、どうすればいいのか分からなくなっている状態だからです。

また、社会の中で「頑張ること」が前提になっているからこそ、頑張らない自分を許すことができず、罪悪感や自己否定につながってしまう場合もあります。本来は支えになるはずの言葉が、逆に自分を追い詰めてしまうこともあるのです。

それでもこの言葉が完全に間違っているわけではありません。「これ以上無理をしなくていい」「今は立ち止まってもいい」という意味として、時間をかけて少しずつ受け取れるようになることもあります。

大切なのは、言葉そのものよりも、その人の状態やタイミングに合っているかどうかです。うつ病と向き合う中では、正解の言葉は一つではなく、その時々で必要な距離感や支え方が変わっていくのだと思います。ただ動かないと弊害が出てくるのは事実であると思う!動けなくなる思考停止になる、そんな中でも動ける時には朝陽を浴びたり、日光を浴びたり夕陽を見たり、夜空を見たり少しでも動けるタイミングを見逃さないで!雨の日散歩でもいいんだから。

仕事、家庭、休むこと。そのどれか一つではなく、全体のバランスを見直すことができる社会であってほしい。そんな思いから、この記事を書きました。


Thank you for reading this blog, everyone 🙂


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